函館ストーリー「彼女は僕のビタミン」
クリオネ文筆堂
函館ストーリー「彼女は僕のビタミン」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
作:ぴいなつ 監修:クリオネ
函館ストーリー「彼女は僕のビタミン」
僕は、人生で初めての入院をした。
食事療法が必要とのことで、栄養指導をしてくれた女性がいた。
この病院の管理栄養士さんだ。
難しいことも、丁寧にわかりやすく教えてくれる。
僕が神経質に細かいことを気にすると、大らかに対応してくれる人だった。
話をしているだけで心が柔らかくなる、そんな雰囲気をまとっていた。
あるとき、話が脱線して函館のおいしいラーメン屋の話になったりして盛り上がった。
「栄養士さんって、いつもバランスのいい食事をして頭の中でカロリー計算しているイメージだったけど、そんなわけないか?」と僕が笑った。
「まあ〜、考えていないわけじゃないんですけどね」そう言って彼女も笑った。
一番苦しい時に「アレも駄目、コレも駄目ってすると長続きしないので、少し気持ちをゆるめていいですよ」と言ってくれ、どれだけ救われたことか…。
病気になると、ついついマイナスに物事を考えてしまい、消灯後の長い夜はベッドの中で悪い想像が脳内をかけめぐる。
「なかなか眠れない夜は、おいしいお店のことでも考えていたほうが楽しくていいですよ。ただし、お腹はすいちゃいますけど…」と、いたずらっぽく笑う彼女の言葉を思い出した。
追いつめられたとき、どこかに逃げ道をつくることは、とても大事だと思う。
仕事で行き詰まったときにも、それは実感していた。
まじめに考えすぎてカラダを壊すのでは、元も子もない。
もっと、チカラを抜いて自分のカラダに真摯に向き合うことが、今の僕には求められているのだろう。
随分と無茶もしてきたけど…
もう、そんなに若くもないのだから軌道修正しなければ。
「一病息災って言うでしょ?病気がひとつくらいあったほうが、自分のカラダを大事にするものですよ。だから、大丈夫!」
彼女は、入院中の僕にとって心のビタミンだった。
退院が決まって、嬉しいような寂しいような複雑な気分だ。
《もう、彼女に会えないのか・・・》
退院して、3か月が過ぎた頃、久しぶりに塩ラーメンが食べたくなり函館駅近くにある《滋養軒》という、僕のお気に入りのお店に向かった。
のれんをくぐると「あっ!」と、思わず声が出た。
なんとそこには、僕のビタミンさんがカウンターで塩ラーメンをすすっていたのだ。
そういえばあのとき、このお店の話をしたのだった。
僕の声に気がついた彼女は…
「見~ちゃった、見~ちゃった!」と、笑った。
「た、たまには、いいよね?」と僕もごまかすように笑い、頭を掻いた。
彼女は隣の椅子を引き出し、座面をトントンと叩きながら
「お説教しますので、お座りください」とコワイ顔をしてみせたあと、「なーんちゃって!」とニッコリ笑った。
この3か月の空白を埋めるように会話が弾む。
《話をしていて、こんなに楽しくて落ち着く人が今までいただろうか?》と、僕は密かに胸が熱くなっていた。
「よ、よかったら連絡先とか聞いていいかな?」
気づいたら僕にしては思い切ったことを口走っていた。
彼女は快くオッケーしてくれて、僕たちはLINEで繋がった。
そうしている内に、僕の塩ラーメンが運ばれてきた。
丼の底まで見える輝く透明なスープの美しさ!
レンゲを沈め一口含むと、あっさりしていながら旨味が凝縮された深い味わいに思わず唸った。
食品添加物無しの自家製中太ストレート麺は噛むと、小麦の味がしっかり感じられツルツルと舌や喉を滑り落ちていくのが分かる。
チャーシューはシンプルなしっかりとした食感ながらスープの味を邪魔しない絶妙な美味しさ。
夢中でラーメンを啜る僕を彼女が微笑みながら見つめていた。
食べ終わり、僕は彼女のぶんの会計も済ませた。
彼女は遠慮したけど、入院中にいっぱいお世話になったからお礼がしたいと言ったら、とても喜んでくれた。
そして、2人で店を出た。
「時間があったら、少し一緒に歩かない?ほら、食べたら運動してカロリー消費しなくちゃね」と、誘った。
「あらまぁ~それは素晴らしい心がけですねぇ!ではでは、お供いたしますので、きびだんごをくださいな」と、彼女がふざけて笑った。
「ほぉ〜、では、きびだんごのかわりに、ソフトクリームをご馳走しましょう」と、僕も笑った。
僕らは駅前から市電に乗り十字街で降りて明治館まで歩いた。
いつまでも話が途切れることなく、時折ふざけ合って盛り上がった。
こんなに心の底から笑ったのは、久しぶりだ。
いつしか、僕は毎日の食事を写真に撮り、彼女にLINEで送るのが日課になっていた。
ダメ出しをされながらも、たまに褒められると嬉しい。
自分のカラダを大切に想ってくれる人がいるという幸せを、僕はしみじみと感じていた。
やがて、半年後…
僕は、昨日から部屋の模様替えをしている。
週末の今日、彼女が初めて僕の部屋にやってくるからだ。
BGMも準備OK!
彼女の好きな、白ワインとチーズとクラコットも用意した。
「さぁ~、バッチ来~い!」
などと、気合を入れていたら、ようやく彼女がやって来た。
「こんにちは、ごめんね~少し遅くなって…」
そう言って、小首を左に少し傾けて彼女が微笑んだ。
それが、彼女の可愛い癖だった。
「ねぇ~どうしたの?私の顔ばかり見て…」
「なっ、何でもないよ」
「おかしな人…」
僕は、イタリアン・トマトのように赤くなった顔を隠すように、慌てて彼女の手を取り部屋の奥へと連れて行った。
こうして僕の想いは、愛に変わった。
END
美味しいラーメンをたべたように、あったまっていただけたら嬉しいです。
聴いていただき ありがとうございます。