函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」


www.youtube.com

 

 

 

朗読をさせていただきました。

これは、「函館ストーリー」のなかで、原点ともいえる作品です。

 

男性が語っているのが、多い作品なので、

人気男性声優さんの朗読を聴きました。

もちろん同じようには、できるものではありませんでした。

声も作らなかったです。

拙い朗読ですが、聴いていただけたら嬉しいです。

 

 

ぴいなつ作:函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)

函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」

 

クリオネ先生:原作・監修

ぴいなつ先生:作

 

 

 

函館港に面しているcafeは、早春のホットコーナーの中にあった。

あたたかな春の日差しが店内の暖房を忘れるほどで、上着を脱いでゆっくりと窓の外を眺めた。

函館山を見渡せる大きな窓の外は、春というのに名残の雪が舞っていて、

ふと少し寒さを感じたがコーヒーの温もりが、体中に染みわたる。

僕は上着から、1枚のポストカードを出した。

そこには、見慣れた彼女の美しい文字で「さ・よ・な・ら」とだけ書かれていた。

彼女との想い出を探しに、僕は函館にやって来た。

 

去年の春、就職でこの街を離れることになり、彼女とは自然消滅のような状態になってしまった。

慣れない環境の中、毎日が精一杯で思うように彼女と連絡すらとれない日々が続いた…

いや、連絡が取れないのではなく、毎日の会社とアパートの往復は、僕が思った以上に過酷で休みは殆ど何もせずに寝ているような日々だった。

やがて僕が函館を離れ2か月が過ぎた頃に届いたのが、このポストカードだった。

 

「やれやれ、僕にとっては、あっという間の2か月も、みちるにとっては長い時間だったのだろう」

時だけがいたずらに過ぎて、いまだに僕は彼女に連絡ができないでいる。

この一方的ともいえる別れから1年近く経つというのに、まだ消化しきれていない気持ちが僕の中で渦巻いていた。

「本当に、もう、終わりなのだろうか…」

 

納得できないまま、僕は1年もの間モヤモヤしていた。

何度か電話しようとした、何度もLINEを送ろうとした、しかし僕にはその勇気がなかった。

「みちるはとっくに、前を向いて歩き始めているのかもしれない…」

いつも、頭の中は堂々巡りだ。

 

そんな自分に嫌気がさし、気づいたら僕は函館駅に着いていた。

市電に乗り、二人で行った想い出の場所を訪れていたら、彼女の笑顔ばかりが浮かんできて、せつなくなってしまった。

「思い切って、返事を書こう!」

1年も経ってしまったけれど、そうでもしないと僕は前に進むことができない。

ケジメをつけなければ…。

 

最初のデートで、初めて手を繋いで見た函館山からの夜景。

今でも、あの時のドキドキは覚えている。

僕は、一人でロープウェイに乗り夕暮れから夜の帳が下りる函館山から夜景を眺めた。

キラキラと輝く地上の星を見つめていたら、だんだん勇気が湧いてくる。

売店で夜景のポストカードを買い求め、僕は彼女に正直な想いを綴った。

 

 

ずっと返事を書けないままでゴメン。今、1年ぶりに函館に来ています。

二人で一緒に歩いた場所を辿っていたら、みちるの笑顔ばかりが浮かんできて参ったよ。

僕は、とても大切な人を失ってしまったと気づいた。まったく、今頃になって遅いよね…

遠くから、みちるの幸せを祈っています。今まで、本当にありがとう!

 

 

前もって用意しておいた、彼女が喜びそうなキレイな配色の切手を貼り、ロープウェイを降りた僕は、八幡坂にあるポストに投函した。

僕にとって、はじめての恋にやっと終止符を打った瞬間だった。

1年間、さまよい続けた僕の恋の行方は、彼女と最後に会った八幡坂の上で、澄んだ夜の空気とともに闇に消えていった。

 

翌日、僕はホテルの部屋からベイエリアを眺めていた…

週末の函館、彼女も仕事は休みのはずだ。

大人気の朝食バイキングも食べずにチェックアウトした僕は、もう一度二人の想い出を辿っていた。

「次に、この街に来るときは、景色もこれまでとは違って見えるだろう…」

 

函館駅発13:31分、特急北斗13号、札幌行き。

僕は、特急列車の時間ギリギリまで、ボーッと赤レンガ倉庫の前で海を眺めていた。

太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いている…。

彼女へのポストカードは、明日にでも届くだろうか?

函館に住む彼女と、札幌に住む僕との特急列車4時間の恋の時間は短いようで長かった。

僕は、函館の街を心に焼きつけ、自分に言い聞かせた。

「いずれ時が解決してくれるさ…」

 

週末の函館から、いつもの平凡な時間を刻んでいたその時、ポストカードが僕のアパートの郵便受けに届いていた。

赤レンガ倉庫のポストカードには、「アンジェリック・ヴォヤージュの生クレープが食べたい!」とだけ、書かれていた。

彼女と別れる前に、「絶対に行きたい!」と、みちるが言っていた、こじんまりとした小さな洋菓子店。

「賞味期限30分の作り立ての生クレープを食べるんだ!」

と、はしゃいでいたあの頃の、みちる。

 

僕は、1年ぶりに彼女に電話をした!

次の週末、函館に行くことを伝えると、みちるは「うん!」と涙ぐみながら短く答えた。

どうやら、函館のポストカードは僕らの恋のキューピッドだった。

そして、イタズラ好きなキューピッドは、ノックもしないでやって来るんだ。

 

END

  

 

ご覧いただき、ありがとうございます。

クリオネ先生♪

ぴいなつ先生♪

ありがとうございます。