函館ストーリー「バーボンは不器用な香り」
クリオネ文筆堂
函館ストーリー「バーボンは不器用な香り」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
原作:クリオネ
監修:ぴいなつ
函館ストーリー「バーボンは不器用な香り」
朗読しました。
函館ストーリー「バーボンは不器用な香り」
ロゴ入りミラーにカウボーイブーツ。
アンティークな机の上にレンガを積んで、シャレた洋酒コーナーの出来上がりだ。
僕は、昨日から部屋の模様替えをしている。
週末の今日、彼女が初めて僕の部屋にやってくるからだ。
BGMも準備OK!
彼女の好きな、白ワインとチーズとクラコットも用意した。
「さぁ~、バッチ来~い!」
などと、気合を入れていたら、ようやく彼女がやって来た。
「こんにちは、ごめんね~少し遅くなって…」
そう言って、小首を左に少し傾けて彼女が微笑んだ。
それが、彼女の可愛い癖だった。
「ねぇ~どうしたの?私の顔ばかり見て…」
「なっ、何でもないよ」
「おかしな人…」
僕は、イタリアン・トマトのように赤くなった顔を隠すように、慌てて彼女の手を取り部屋の奥へと連れて行った。
「すごい、素敵!」
デットスペースに作ったアーリーアメリカンコーナー。
テンガロンハットのカウボーイたちから、今にもウイスキーのオーダーがきそうな…
そんな、ウエスタンの雰囲気を十分に表現できたと思う。
「どう、これ?」
「ねぇ~自分で作ったの?」
東京ディズニーランドにある、ウエスタンランドの雰囲気が大好きと言う彼女は、目を輝かして喜んでくれた。
「これって、ウイスキー?ラベルが素敵ね」
彼女は、1本の洋酒のビンを手に持ち、いつものように小首を少し左に傾けながら、僕に尋ねてきた。
「それは、バーボンだよ」
「バーボン?ジャックダニエルとかっていう?」
「ジャックダニエルはバーボンではないよ。テネシーウイスキーさ」
「そうなの?私、よく分からないわ」
「バーボンはアメリカ南部・ケンタッキー州のお酒で、原料はトウモロコシなんだ」
「あれでしょ、映画とか探偵小説に出てくるハードボイルドな、お酒」
「そうだね、他の酒とは違う頑固で濃い、妙に男臭い酒かもね。バーで女の子と一緒に飲むよりは、男同士で飲みながら、お互いの夢を語ったり、失恋した時にしんみりと飲むのが似合う酒かな?」
「だから、私とのデートではバーに誘ってくれないの?」
「そっ、そんな事ないよ!ぼっ、僕はバーとか似合わないから…」
「フフッ、今日はいつもより、カッコよく感じるわよ」
そう言うと、彼女は僕の頬にキスをしてくれた。
「やはり、バーボンと言えば…」
「ハイハイ、お酒の話になると、ホント止まらないわね。続きは、後でゆっくり聞くわよ」
「ん、うん。そうだね」
「ねぇ~ここ、綺麗に片付いているけど、あそこ開けたら、何か変なのが出てくるのかな?」
「なっ、何もないよ、あるわけないだろう、ハハッ」
「大丈夫よ、開けたりしないから」
そういうと、彼女は鼻歌交じりに台所へと向かった。
僕は、まだドキドキと鼓動が鳴り響いている、だって彼女には見られるとヤバイDVDや雑誌を放り込んだままなのだ。
「ねぇ、私ウイスキーとか飲んだことないから、バーボンに合うお料理うまく作れないけどいい?」
彼女が、こちらに背中を向けたまま聞いてきた。
「なっ、何でもいいよ!僕は、好き嫌いはないから」
僕は、彼女の背中に向かって、そう返した。
ホントは「君の作る物なら、何だって美味しいに決まっているさ!」と答えたかったのだが、上手く言えなくて、ゴニョゴニョと小さく呟いた。
「こんなのでいい?あまり上手くできなくて、ごめんね」
彼女は、いつものように小首を少し左に傾けながら、僕にそう尋ねてきた。
「美味しそう!さぁ~かっ、乾杯しよう」
僕は、彼女の仕草と料理に、萌え死にながらも自分の心を誤魔化すように乾杯をした。
陽気なカントリーミュージックと、美味しい手料理が僕の心を満たし、彼女の笑顔がいつまでも輝いていた。
やがて、BGMがジャズに変わる頃、夜も更けてきた。
外は、雪がちらついているようだ。
「バーボンって初めて飲んだけど、甘い香りが強烈ね。でも、私にはちょっとアルコールがキツイかな」
彼女は、デザートのスムージーを飲みながら、ほんのりと頬を赤くしながら僕の目を見つめた。
「雪も降ってきたし、ホット・ワインとかにしようか?」
「ありがとう、でも今夜はあなたと同じ物を飲みたいの」
「僕も、ふだんはバーボンなんて飲まないけど…」
「今日は、洋食だったけど和食なら日本酒とか、いいかもね」
「へぇ~意外だね、日本酒いけるんだ?」
「フフッ、今は飲みやすい日本酒あるでしょ、女子にも人気があるのよ」
「そっ、そうなんだ」
「ねぇ~今夜、泊まってもいい?私、酔ったみたいなの…」
「もっ、もちろんさ、いいに決まっているだろう」
「ありがとう!」
「僕は、隣のソファーで寝るから、ゆっくり休めばいいよ」
「バカね、独りにしないでよ。夜は、まだ始まったばかりでしょ…」
翌朝、一面の雪景色の中、澄んだ青空が広がり太陽がキラキラと輝いていた。
元町から教会の鐘の音が静かにこだまする。
僕は、彼女を起こさないように静かに窓を開け、深呼吸をした。
綿帽子をかぶったような木々、まだ誰も踏みしめていない真っ白な雪が広がっていた。
遠くに見える函館山は雪化粧をし、より一層輝きを増していた。
《ここまで積もったのは、この冬はじめてだよな…》
ベランダの雪を手にとり小さな雪玉を作った僕は、ベッドで気持ちよさそうに眠る彼女のおでこにくっつけた。
「しゃっこい!」
彼女が驚いて目を開けた。
「こらぁ~!」
口をとがらせた彼女に、僕は「雪だよ!」と窓の外を指差した。
「ふたりの愛で、雪をとかしちゃえ~」
そういうと彼女は、僕のほうに向かって手を伸ばし、僕をギュッと抱き寄せた。
函館の冬には人を引きつける何かがある!
それは、街の美しさだけではなく人と人とのふれあいがあるのだ。
ふたりでベランダから雪景色の元町公園を見上げた。
バーボンのような荒削りな僕の恋も、彼女のおかげでコクのある豊かなコーンフレーバーの、味わいのある恋に変わったようだ。
そして、僕らの想いは愛に変わった。
[完]
師走ですね。
今年はリアルな忘年会もなさそうですし、
この物語で忘年会気分を味わいましたよ^^
いつも ありがとうございます。