函館ストーリー「夕暮れ散歩は、突然に!」
函館ストーリー「夕暮れ散歩は、突然に!」
ぴいなつさん:作 クリオネさん:作
朗読しました。
クリオネ文筆堂
函館ストーリー「夕暮れ散歩は、突然に!」
《何もかも嫌になった!》
わたしは、気づいたらエプロンを放り投げ、ショルダーバッグひとつでアパートを飛び出していた。
あてもなく、ひたすら歩く。
信号が赤になったところで、曲がることにする。
《とにかく、止まっていたくない・・・》そんな気分だった。
無心になって歩き続けると、元町にある教会の灯りが見えてきた。
それは、頑なになっていた心がホッと緩むような、優しい灯りだった。
ハリストス正教会の側にあったベンチに腰掛けると、思わずため息がこぼれた。
いや、ため息はやめて、ゆっくり深呼吸をしよう…。
そう思い直して、ふぅ〜っと息を吐き、心を落ち着かせてみる。
秋の夕暮れの透き通った空気が、ちょっと肌寒いけれど、今は心地よいと感じた。
ささくれだったこんな気持ちを、誰にもぶつけたくない・・・話す気力もない。
今は、一人になって、ゆっくり考えたい気分・・・。
わたしは、スマホの電源を切った。
教会の敷地内にいるというだけで、不思議と心のモヤモヤが薄れていく気がした。
もしかしたら、わたしの守護天使さんがここに導いてくれたのかもしれない。
夕飯の仕度をしようとしたとき、ちょっとしたことから、彼とケンカになった。
「晩ごはん、何が食べたい?」と、わたしが聞いたら・・・
「何でもいい」って、ぶっきらぼうにいつも言う。
そのくせ、結局は食事に文句を言うから腹が立つのよね。
夕飯を作らないまま勢いまかせに飛び出してきたから、そろそろお腹も空いてきた。
そのとき、ハリストス正教会の鐘が7回鳴った。
ガンガン寺の鐘の音が函館山のふもとに鳴り響いている。
もう7時なのね・・・そろそろ帰ろっかな。
わたしは函館港を見下ろす八幡坂へと向かう。
一瞬もとどまることなく移ろう街の彩りを坂の上から黙って見つめた。
《よし・・・》
石畳の道が真っ直ぐに海へと続く八幡坂を一歩一歩踏みしめながら歩き始めると、坂の途中に止まっていた車のナンバーが「777」だった。
《ふふっ…なにコレ、悪くないかも》
単純だけど、そんな小さな幸せが重なって、人はどうにか持ち直したりするのかもしれない。
頭を冷やせたせいか、何がそんなに嫌だったのかも、忘れてしまった。
ケンカなんて、そんなものだ。
ちょっとした価値観の違いが積もって、ある日、爆発する。
でも、長い人生からみたら、ほんのちっぽけな出来事だったりするんだ。
わたしには、この夕暮れ散歩が大冒険のように感じたけれど、部屋に戻ると何事もなかったかのように、彼がソファに横になりテレビを観て笑っている。
《まったく、怒っている自分が馬鹿馬鹿しくなるくらい、笑ってるじゃない・・・》
八幡坂の麓、ベイエリアのハセストで買った、二人分のやきとり弁当と缶ビール。
わたしは、それらを無言でテーブルに置いた。
それを合図に、彼はソファを離れ、わたしの隣に座った。
END
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