函館ストーリー「月の雫、月の鏡」


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ぴいなつ先生:作 クリオネ先生:監修

函館ストーリー「月の雫、月の鏡」を朗読しました♪

 

函館を舞台にした、デパート店員の田中さんと陶芸家の中田さんのラブストーリーです❤

作品のなかには巴桜という純米吟醸のお酒や

函館のスィーツも登場します。

 

 

クリオネ文筆堂

ぴいなつ作:函館ストーリー「月の雫、月の鏡」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)

 

函館ストーリー「月の雫、月の鏡」

 

《うーん、どうしよう。やっぱりわたしには日本酒よくわかんないなぁ…》

千晶がデパ地下の酒売り場でウロウロしていると、そばにいた男性店員が…

「どんなものをお探しですか?」

と、声をかけてくれた。

「あっ、じつは父が勤続30年なので、そのお祝いにお酒をプレゼントしたいなと思って、わたし日本酒って全然詳しくなくて。父はお酒も甘いものも好きなので五勝手屋羊羹をさっき買って。それと、わたしが作った徳利とお猪口も一緒に」

「いいですねぇ、それはお父さん喜びますね!では、オススメの日本酒をご案内します」

と、ニッコリ笑みを浮かべながら店員は日本酒の棚を前に真剣に考えてくれている。

酒の肴の好みなどを聞かれ、真っ先に浮かんだのは鮭のハラスだった。

 

それを聞いた店員は、まるで頭の上に電球がパッとついたような晴れやかな顔で、一本の瓶を差し出した。

「巴桜と言うお酒です。りんごを思わせる果実のような香りが立ち、口当たりは非常にやわらかながら、豊かなコクが感じられる純米大吟醸です」

と、オススメしてもらった日本酒に千晶は即決した。

そのくらい、説得力があるというか信頼できる人柄を感じたから。

 

「それにしても、ご自分で徳利やお猪口を作られたなんて凄いですねぇ?」

「じつは、陶芸作家なんです」

と、照れながら千晶が言うと…

「そうでしたか!それはホントに凄いですね。僕、いつか陶芸してみたいって思ってたんですよ…いやぁ奇遇だなぁ」

「それじゃあ、体験に来てみませんか?」

「ぜひ!自分で作ったビアマグでビールなんて最高だろうなぁって思ってて…僕にも作れますかね?」

「もちろん!お手伝いしますよ」

 

トントン拍子に話は進み、2人は名刺を交換した。

田中 紀行》と書かれた名刺の裏に、携帯番号とアドレスをメモしてくれた。

中田 千晶 さん、僕と鏡みたいですね」

と言われ、一瞬考えて意味がわかった途端、田中と中田の2人は笑った。

 

それから1か月後の水曜日、田中は千晶の陶芸教室にはじめてやって来た。

「こんにちは!今日はよろしくお願いします」

と、田中紀行は爽やかに登場した。

 

「お待ちしてました〜!場所、すぐわかりました?住宅街だからちょっとわかりにくかったでしょ?」

「いえいえ、コレがありましたから大丈夫です」

と、田中はスマホを見せながら笑った。

 

中田千晶の陶芸教室は湯川町にある、月のしずく工房と言う名前で、明治時代の情緒たっぷりの土蔵と元質屋だったという建物が隣り合わせの古民家で、土蔵では陶芸教室が開かれ元質屋の店舗は手作り雑貨の作品を扱うギャラリーとなっていた。

 

「先日は、本当にありがとうございました!おかげさまで父も凄くおいしい日本酒だと喜んでくれて。田中さんに選んでもらったこと教えていたんですよ」

「それは良かったです!またいつでもご相談ください。それと、これはお父様に…甘いものがお好きでしたよね?堀川町の大黒餅さんのくじら餅です」

「わぁーありがとうございます。父は、くじら餅とかべこ餅とか、こういう昔ながらの素材と製法で作る素朴な味が好きなんです」

「それは良かった、千秋庵のどらやきと迷ったんですけど」

照れたように笑う田中を見て、千晶は田中の手を取り、陶芸教室のある土蔵へと導いた。

 

「それでは服が汚れないように、このエプロンをつけてくださいね。あと、時計も外したほうがいいかな」

千晶が茶色いエプロンを渡すと、田中は慣れた手つきで身支度を整えた。

「似合いますね〜」

「これでも結構、料理するんですよ、僕」

と、田中は胸を張り得意げな顔をしてみせた。

 

「料理男子だなんて、モテるでしょ?」

「そうだといいんですけど、なかなか上手くいきませんねぇ。デパートって土日休みじゃないんで、だんだん彼女とすれ違ってフラれるパターンが多くて」

と、田中は決まり悪そうに笑った。

「わたしは小さい頃から、デパートが大好きで。週末に家族みんなで行くのが楽しみだったんですよ。ほら、あの回るキャンディ詰め放題みたいな、あれ!ワクワクしたなぁ」

「懐かしい〜、ありましたよね!僕もアレ、いつも買ってもらってました」

「それと、母が試着室に入ったら、置いてある黒いサンダルをコッソリ履いてみたりして。ヒールって憧れるんですよ、女の子は!」

「あー、わかります!!母の試着室タイムは長いんですよね。僕なんて待ちくたびれちゃって、まだー?早く帰りたいってゴネてました」

共通のあるあるネタが多く、次から次へと2人の会話が途切れない。

 

ビアマグを真剣に作りながらも、その空気は続いていた。

力強く土を練る姿は、とても初めてとは思えないほど様になっていて、千晶は感心していた。

「それにしても、田中さんは本当に器用なんですねぇ〜筋がいいですよ!模様もとってもステキですし。1か月半後の完成を楽しみにお待ちくださいね」

「千晶先生のご指導のおかげですよ!」

「ち、チアキセンセイ?」

「あっ、そう呼んでもいいですか?」

「いやいや〜先生だなんて照れますけど…」

「じゃあ完成したら、記念にできたてホヤホヤのビアマグで、一緒に乾杯しませんか?ビール持参で来ます!あと、おつまみも適当に用意しますよ。僕が作るんでお口に合うかわかりませんけど…」

「わぁ、それ最高ですね!!すっごく楽しみ!!」

「よかったー!僕もめちゃくちゃ楽しみです!!」

思いがけない展開に、2人は無邪気に顔をほころばせた。

 

それからの1か月半、田中はビール選びとおつまみの構想を練りに練っていた。

千晶は、ビアマグを完成させることは勿論のこと、おつまみを盛り付ける小鉢やお皿、箸置きを自分の作品の中からセレクトしてみたりと、想像を膨らませていた。

前日の夜、楽しみすぎてなかなか寝つけなかったのは2人とも同じだ。

 

田中は休日の水曜日、職場であるデパ地下の酒売り場でこだわりのビールを買い込み、近くにある五稜郭公園駅から市電に乗り、終点の湯の川で降りた。

おつまみとビールが入ったバッグを大事そうに持ち、転ばないようにゆっくりと歩く。

《千晶さん、喜んでくれるだろうか?》

昼過ぎから降り出した雪がふわふわと積もり、まだ誰も踏みしめていない雪道に足跡をつけていく。

その途中、湯倉神社の真っ赤な鳥居が雪の白さに美しく映えているのが見えた。

 

住宅街にひっそりと佇む千晶の陶芸教室・月のしずくの煙突からは、ほわりほわりと煙が立ち上っていた。

そこは古民家を改装したモダンな空間で、とても居心地がいい。

チャイムを押す田中は、自然と笑顔になっていた。

ニッコリと微笑む千晶を見たとき、《落ち着くなぁ…》と、田中はどこか懐かしさを覚えるような、不思議な感覚に陥っていた。

千晶もまったく同じことを思っていた。

そう、2人は、鏡なのだ。

 

千晶の陶芸教室の名前が『月のしずく(雫)』という。

意味は『露』のことだが、古代の時代から『真珠』のことを『月の雫』とも呼んでいる。

その月の光を映す池の水を鏡に例え『月の鏡』といい、この意味で使われる場合、『冬』の季語となる。

他にも“明るく照らされる月の光”を、鏡に例えた言葉でもある。

千晶と田中、2人の「逢いたい…」と思う気持ちが今、合わせ鏡のように願いとなった。

今日もまた、水面に映った月が2人の愛する心を深めてゆく。

そして、月の雫が鏡のような水面に浮かんでいる。

 

デパ地下の酒売り場からはじまった、田中と中田の不思議な縁は、やがてほろ酔いかげんに色づきはじめたようだ。

 

[END]

 

 

 

ご覧いただき、ありがとうございます。

 

 

 

 

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