函館ストーリー「2人のseason」
函館ストーリー「2人のseason」
函館の街が、autumnマジックで色づき始めた。
乾いた秋風が函館山から八幡坂を通り、元町の教会の鐘の音をベイエリアへと届けている。
僕は、赤レンガ倉庫の前で立ち止まった…
「シオン…」
僕は、ゆっくりとその名前を口にした。
「シオン」、僕が彼女に付けた名前だ。
出会いは奇跡なのだ!と、誰かの言葉を思い出した…
にもかかわらず、恋愛は時としてスグに別れが訪れることがある。
僕は、昨年の秋に恋をして、クリスマスを過ごし、早春に別れるという短い恋愛をした。
いや、正確に言うなら…
それは、僕の一方的な恋だったのだろう。
在宅でのリモートワークの仕事が終わり、以前のように会社に出勤するようになった、9月。
空いていた僕の正面の席に、一人の女性が座っていた。
アルバイトの大学生だという。
彼女のことは、初めは何も知らなかった…
いつも、やさしく微笑んでいる彼女は、僕にとって99%のミステリアスな女性だったからだ。
僕は、彼女のことを心の中で「シオン」と呼んだ!
紫苑(シオン)、秋に咲く紫色の小さな花で、花言葉 は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」である。
そう、出会いは奇跡なのだ。
僕の恋愛のボルテージは、夏のように一気に駆け上がり、やがて秋雨前線のように停滞し、そして静かな冬を迎えた。
クリスマスの日、僕はポインセチアの鉢植えを彼女に贈り、彼女は手編みのマフラーを僕にプレゼントしてくれた。
でも…
手編みのマフラーとはいえ、スグに制作できるのだろうか?
僕に出会う前から彼女は誰かのためにマフラーを編んでいたのかもしれない。
そんなモヤモヤした気持ちがあったからなのか、僕の恋愛は短くも儚いものだった。
確かに奇跡の出会いはある。
ただ僕は、それを育む術を知らなかったのだ。
恋愛に季節があるのなら、僕は夏に恋をし、秋を迎え、冬に終わったことになる。
しかし、恋に季節があるのなら僕にだって春が巡ってくるはずだ、自然界の草花が春に花を咲かせるように。
冬に終わった僕の「恋」は「孤悲(こい)」だったようだ…
恋愛には、必ず冬がやってくる。
そんな冬を「孤悲」して偲び、やがて来る春を「待つ」ことが、僕には必要なのだ。
うつむきかげんに冬を過ごし、終わったかに見えた僕の恋は…
待つ春を過ぎ、いつの間にか出会いの秋を再び迎えた。
僕は彼女が待つ、ベイエリアにあるラッキーピエロ・マリーナ末広店のドアを開けた。
アルバイト期間が終わり、大学に戻った彼女とは半年ぶりの再開となる。
「シオン」、僕は小さい声でささやいた。
彼女は、席で毛糸を操っていて、僕には気が付かない。
「シオン」、僕はもう一度小さな声でささやいた。
ようやく僕に気がついた彼女は、僕のマフラーを見て「あっ!」と小さく声をあげた。
「そのマフラーは、自分用に編んでいたものでね、だからところどころ色が変でしょ?ごめんね。でも、どうしてもあなたにマフラーを贈りたかったから…」
僕は、彼女との待ち合わせにクリーニングから上がったばかりの、マフラーを巻いていた。
それは、去年のクリスマスに彼女がプレゼントしてくれた手編みのマフラーだった。
「今年は、お揃いだけど、いい?」
彼女は僕に、はにかみながら聞いてきた。
彼女が編んでいるのはトナカイ柄のマフラーで、クリスマスの日に完成だと教えてくれた。
僕は、イタリアントマトのように顔を真っ赤にして、大きく「うん!」と頷いた。
彼女は、ラキポテを一口食べて「ありがとー!」と微笑んだ。
函館に、もうすぐトナカイのマフラーが似合う季節がやってくる。
END
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