「彼女が電話をかける場合」函館ストーリー
函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」
朗読をさせていただきました。
これは、「函館ストーリー」のなかで、原点ともいえる作品です。
男性が語っているのが、多い作品なので、
人気男性声優さんの朗読を聴きました。
もちろん同じようには、できるものではありませんでした。
声も作らなかったです。
拙い朗読ですが、聴いていただけたら嬉しいです。
ぴいなつ作:函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
函館ストーリー「ノックをしないキューピッドたち」
クリオネ先生:原作・監修
ぴいなつ先生:作
函館港に面しているcafeは、早春のホットコーナーの中にあった。
あたたかな春の日差しが店内の暖房を忘れるほどで、上着を脱いでゆっくりと窓の外を眺めた。
函館山を見渡せる大きな窓の外は、春というのに名残の雪が舞っていて、
ふと少し寒さを感じたがコーヒーの温もりが、体中に染みわたる。
僕は上着から、1枚のポストカードを出した。
そこには、見慣れた彼女の美しい文字で「さ・よ・な・ら」とだけ書かれていた。
彼女との想い出を探しに、僕は函館にやって来た。
去年の春、就職でこの街を離れることになり、彼女とは自然消滅のような状態になってしまった。
慣れない環境の中、毎日が精一杯で思うように彼女と連絡すらとれない日々が続いた…
いや、連絡が取れないのではなく、毎日の会社とアパートの往復は、僕が思った以上に過酷で休みは殆ど何もせずに寝ているような日々だった。
やがて僕が函館を離れ2か月が過ぎた頃に届いたのが、このポストカードだった。
「やれやれ、僕にとっては、あっという間の2か月も、みちるにとっては長い時間だったのだろう」
時だけがいたずらに過ぎて、いまだに僕は彼女に連絡ができないでいる。
この一方的ともいえる別れから1年近く経つというのに、まだ消化しきれていない気持ちが僕の中で渦巻いていた。
「本当に、もう、終わりなのだろうか…」
納得できないまま、僕は1年もの間モヤモヤしていた。
何度か電話しようとした、何度もLINEを送ろうとした、しかし僕にはその勇気がなかった。
「みちるはとっくに、前を向いて歩き始めているのかもしれない…」
いつも、頭の中は堂々巡りだ。
そんな自分に嫌気がさし、気づいたら僕は函館駅に着いていた。
市電に乗り、二人で行った想い出の場所を訪れていたら、彼女の笑顔ばかりが浮かんできて、せつなくなってしまった。
「思い切って、返事を書こう!」
1年も経ってしまったけれど、そうでもしないと僕は前に進むことができない。
ケジメをつけなければ…。
最初のデートで、初めて手を繋いで見た函館山からの夜景。
今でも、あの時のドキドキは覚えている。
僕は、一人でロープウェイに乗り夕暮れから夜の帳が下りる函館山から夜景を眺めた。
キラキラと輝く地上の星を見つめていたら、だんだん勇気が湧いてくる。
売店で夜景のポストカードを買い求め、僕は彼女に正直な想いを綴った。
ずっと返事を書けないままでゴメン。今、1年ぶりに函館に来ています。
二人で一緒に歩いた場所を辿っていたら、みちるの笑顔ばかりが浮かんできて参ったよ。
僕は、とても大切な人を失ってしまったと気づいた。まったく、今頃になって遅いよね…
遠くから、みちるの幸せを祈っています。今まで、本当にありがとう!
前もって用意しておいた、彼女が喜びそうなキレイな配色の切手を貼り、ロープウェイを降りた僕は、八幡坂にあるポストに投函した。
僕にとって、はじめての恋にやっと終止符を打った瞬間だった。
1年間、さまよい続けた僕の恋の行方は、彼女と最後に会った八幡坂の上で、澄んだ夜の空気とともに闇に消えていった。
翌日、僕はホテルの部屋からベイエリアを眺めていた…
週末の函館、彼女も仕事は休みのはずだ。
大人気の朝食バイキングも食べずにチェックアウトした僕は、もう一度二人の想い出を辿っていた。
「次に、この街に来るときは、景色もこれまでとは違って見えるだろう…」
函館駅発13:31分、特急北斗13号、札幌行き。
僕は、特急列車の時間ギリギリまで、ボーッと赤レンガ倉庫の前で海を眺めていた。
太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いている…。
彼女へのポストカードは、明日にでも届くだろうか?
函館に住む彼女と、札幌に住む僕との特急列車4時間の恋の時間は短いようで長かった。
僕は、函館の街を心に焼きつけ、自分に言い聞かせた。
「いずれ時が解決してくれるさ…」
週末の函館から、いつもの平凡な時間を刻んでいたその時、ポストカードが僕のアパートの郵便受けに届いていた。
赤レンガ倉庫のポストカードには、「アンジェリック・ヴォヤージュの生クレープが食べたい!」とだけ、書かれていた。
彼女と別れる前に、「絶対に行きたい!」と、みちるが言っていた、こじんまりとした小さな洋菓子店。
「賞味期限30分の作り立ての生クレープを食べるんだ!」
と、はしゃいでいたあの頃の、みちる。
僕は、1年ぶりに彼女に電話をした!
次の週末、函館に行くことを伝えると、みちるは「うん!」と涙ぐみながら短く答えた。
どうやら、函館のポストカードは僕らの恋のキューピッドだった。
そして、イタズラ好きなキューピッドは、ノックもしないでやって来るんだ。
END
ご覧いただき、ありがとうございます。
クリオネ先生♪
ぴいなつ先生♪
ありがとうございます。
スピンオフ・函館ストーリー「Spring Love!」
この物語は、ぴいなつ作:函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」のスピンオフ・ストーリーです!
少し長い朗読になりましたが、お時間のある時にお付き合いくださいね。
とても大作です!!
尾崎先生への手紙部分は、また違った雰囲気で朗読してみました。
↓下が数日前にUPしたものです。
函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」
クリオネ文筆堂
ぴいなつ作:函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
朗読しました♪
函館を舞台に、石川啄木の足跡をめぐる旅が楽しめる作品です。
ぴいなつ先生作の
函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」
梅も桜も一斉に咲き揃う、短いけれど華やかな、函館の春…
まだ雪が残る函館の坂道は、太陽の光をキラキラと反射している。
陽気に誘われ旅人となった僕は、市電の谷地頭電停から、浪漫ある風景を求めて函館に移住した流浪の歌人、啄木が歌に詠んだ風景をめぐる旅をスタートさせた。
真っ先に、僕は啄木一族の墓にお参りした。
《東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる》
上京後、創作活動に行き詰まった心の痛みを、故郷を捨て函館に辿り着いたときの辛い心境と重ね合わせて詠んだ歌だ。
函館の大森海岸が舞台となった『一握の砂(いちあくのすな)』の巻頭を飾る代表作で、啄木一族の墓には、ノートに書かれたこの歌を自筆そのままに拡大したものが刻まれている。
次に訪れたのは、青柳坂だ。
青柳町へと続く坂があることから青柳坂と言われるこの辺りは、啄木の借家があり友人たちと文学や夢、恋愛について語り合い、故郷から呼び寄せた家族とともに新生活を送った場所で、青柳町は石川啄木が生涯で一番幸せに暮らした町だ。
《函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花》
この句は、函館の思い出を詠んだ歌の中でもっとも秀逸といわれる作品で、啄木の想いが込められている。
僕は、啄木の足跡をめぐり歩きながら、宝来町の茶房ひし伊へと向かった。
ここは、啄木夫人が通った質屋があった場所で、その建物が今は喫茶店になっている。
ひと休みした僕は、宝来町の電停から市電へと乗り込んだ。
気がつくと…
僕の斜め前のシートに、熱心に本を読んでいる女性が座っていた。
「何を読んでいるのだろう?どんな本だろう?」
電車が動き出す時、彼女が読む本の表紙が見えた。
その本は、僕のポケットにある石川啄木の『一握の砂』だった。
「彼女も一人旅で、啄木の足跡をめぐり歩いていたのだろうか?」
僕は、しばらくして目的地の「千代台」で下車した。
すると、偶然にも彼女が一緒に降りてきた。
「あの・・・もしかして、啄木がお好きなんですか?」
僕は思わず彼女に声をかけ、ポケットから『一握の砂』を取り出して見せた。
「あっ!」
彼女は驚いた顔をしながら、自分のカバンから同じ本を取り出して見せ、微笑んだ。
「ということは、啄木の足跡をめぐる旅ですか?」
と、僕が聞くと…
「あ、ハイ!これから啄木小公園に行ってみようと思って!」
と、彼女がニッコリと笑った。
「いやぁ、突然声をかけてしまってスミマセン。市電の中で、『一握の砂』を熱心に読んでいる姿が印象的で・・・もしかして、僕と同じかな?って思ったもので」
「そうなんですね!じゃあ、もしや行き先も一緒ですか?」
「ハイ、その、もしやです!」
そう言うと、僕と彼女は同じ方向に歩き始めていた。
千代台の電停から啄木小公園までは歩いて20分ほどらしいが、啄木が過ごした函館をたくさん肌で感じたい!という想いから、僕らは歩き出す…
啄木について2人で熱く語っているうちに、あっという間に目的地に着いてしまった。
「あのー、もしよかったら、このあと大森海岸沿いを歩きませんか?」
「いいですねぇ〜実は、わたしもこのあと行くつもりでした、ぜひ!」
と、彼女は快くオッケーしてくれた。
「わたし、啄木の話をこんなに共有できる人は、初めてです!」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「僕もです!だから、一人旅で?」
「そうそう!なかなかマニアックな旅になるから、誘う相手もいなくて」
と、彼女もおどけた。
いろんな話をしながら、僕たちは大森海岸沿いを歩いた。
さすがにすっかり寒くなり、そろそろ旅もお開きの時間だ。
「僕はこれから湯元啄木亭に泊まるんで、市電で湯の川温泉まで行きますけど…」
と言うと、彼女が口に両手を当てて大笑いしている。
「あの・・・わたしもです、湯元啄木亭!」
「エーッ!」
僕は、驚くやら嬉しいやら、いろんな感情がごちゃ混ぜの気分で舞い上がった。
「ベタなんですけど、啄木ファンならば見過ごせない名前かなって…」
と、照れながら笑う彼女に、僕も一緒に笑った。
「じゃあ、ホテルの夕飯をご一緒しませんか?一人で食べるのもちょっと味気ないし、バイキングですからね」
と、彼女が誘ってくれたので…
「いいですね〜そうしましょう!」
と僕も即答した。
僕は、ホテルのバイキング料理を楽しみながら、彼女の言葉に耳を傾けた…
《砂山の砂に腹ばひ 初恋の いたみを遠くおもひ出づる日》
わたし、啄木の歌では、この歌が一番好きで…
この歌は、わたしに初恋という憧れを抱かせてくれた歌なんです!
わたしは、以前に啄木と同じく4ヶ月ほど函館に居ました。
そして、啄木はその4ヶ月という間に函館という街や人々を愛して、「死ぬ時は函館で」という言葉を残したのです。
なぜ、啄木はふるさとの岩手ではなく、函館を選んだのか?
その想いをわたしも理解できたら、もっと函館を好きになるし人をもっと愛せると思うのです。
運命っていうものがあるとすれば、こういう出逢いを言うのだろうか?
僕は、啄木が4ヶ月しか過ごさなかったにも関わらず函館に魅了された理由が、彼女を通して少しわかった気がした。
過ごした時間の長さではない、なにか強く惹きつけられる、神秘的な何かを…。
END
聴いていただき、ありがとうございます♪
【ものぐさじじいの来世】小川未明
ものぐさなお爺さんは、
良いこともしなければ、悪いこともしませんでした。
そして、子どもはかわいがりました。
そんなお爺さんは、極楽に行けたのです!!
子どもをかわいがるというのは、良いことなのですね!!
そして、極楽に行けたお爺さんの来世は、。。。!?
ほんとうに欲のない おじいさんですね~^^
こんな おじいさんのようなひとばかりなら
世界は平和になることでしょうね。
ご覧いただき、ありがとうございます。
青空文庫で読むことができます。小川未明 ものぐさじじいの来世 (aozora.gr.jp)
絵本もあります。
絵: 高岡洋介高岡洋介ギャラリー (aozora-tenshi.com)
高岡洋介さんには、
もう何年前になるでしょうか、
小川未明さんの「赤い蝋燭と人魚」の像の前で、偶然にお会いしたことがあります。
若くて優しい方でしたょ。
函館ストーリー「春爛漫、大人遠足」
こんにちは^^
今日の気温は、全国的に4月中旬のような暖かさだそうですょ。
待ち遠しい桜の季節🌸
朗読しました。
クリオネ文筆堂さまより
ぴいなつ作:函館ストーリー「春爛漫、おとな遠足」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
函館ストーリー「春爛漫、大人遠足」
ぴいなつ:作
クリオネ:監修
今年の冬は厳しかった。
コロナ禍の中、春を待ちわびる思いは、例年にも増してひとしおで…
だから、全国各地から届く「桜が咲いた」というニュースにやきもきしながらも函館に、桜前線がやってきた。
待ちに待ったスペシャルな春。
彼とわたしは、ふたりで《おとな遠足》をする約束をした。
行き先は、五稜郭公園。
星形に沿って植えられた1600本もの桜が見事に咲き競い、開花中は夜のライトアップが行われ、幻想的な夜桜も楽しめる。
五稜郭の桜は淡いピンク色をしており、やさしく上品な雰囲気を漂わせていた。
春のザワザワしがちな心を、ふんわり包むように和ませてくれるのだ。
わたしはこのところ、週末のおとな遠足の準備に心を弾ませていた。
仕事帰りに《和雑貨いろは》に寄って曲げわっぱのお弁当箱を2つ買った。
フンパツして色違いのお箸と、お弁当を包む春らしい手ぬぐいも揃えた。
「水筒には、温かいほうじ茶がいいかな?お弁当のおかずは、何にしよう…」
なんて、お昼休みに手帳にメモしながら考えるのも楽しい時間だった。
そして、当日…
彼は、わたしがつくったお弁当を、ひとつひとつ味わいながら食べてくれた。
メインは豚の生姜焼き。キンピラや青のりとチーズを入れた玉子焼きも気に入ってくれたようで嬉しい。
そして、わたしが選んだお弁当箱たちをみて「センスいいなぁ」なんて褒めてくれ、思わずニヤニヤしてしまった。
なんていうか、女ゴコロがわかってる人だなぁと思う。
そのあとは、彼が用意してくれたスイーツの出番。
おとな遠足の約束をしたときに、彼が「スイーツは僕にまかせて!」と言ってくれ、わたしはワクワクしていた。
何がでてくるのかな?
「五稜郭公園の近くにある《函館おたふく堂》というお店の《豆乳函館しふぉん》だ」
「うわ〜、しっとりなめらかで、ほどよい甘さ。毎日食べたい」
「だろ?前に会社の人から差し入れにもらってさ、食べさせたいなって思ってたんだよ。ほら、豆乳とかヘルシーなの好きだろ?」
「そうなの〜嬉しい!」
「これもあるよ、《おからボーロ》」
「う~ん、コレもしっとりしてて、何個でも食べれるね」
そのあとは桜を眺めながら、のんびり2人で歩いたり、写真を撮ったり…
自然の中にいると、それだけでパワーをもらえる気がする。
こんな、ゆったりとした休日の過ごし方が好きだ。
わたしは、家に帰ってきて、手帳におとな遠足の日記を書いた。
彼が何かを食べたあと「おいしくいただきました」と、手を合わせて言うところが、好き。
市電を降りるとき「ありがとうございました」と運転手さんに言うところも、好き。
お箸の持ち方が美しいところも、好き。
自分のことを「僕」というのが、好き。
ちょっぴり鼻にかかった声が、好き。
腕時計を見るときの仕草が、好き。
頷きながら話を聞いてくれるところが、好き。
「好き」を並べていたら、ノート見開きいっぱいになった。
いつのまに、こんなに彼のことでいっぱいになっていたのだろう。
同棲していた元彼と別れて、もう恋なんてしないと思っていた、わたしが…。
出逢ってしまったのだ、こんなに「好き」を書き連ねられるほど、好きになれる人に。
桜の花びらが、お弁当を入れたトートバッグの中にひっそりとまぎれこんでいたから、記念に手帳に貼っておいた。
キッチンで2人分のお弁当箱を洗いながら、気づけば恋の歌を口ずさんでいた。
《わたしの心もサクラ色?》なーんて思って、ちょっと照れてしまう。
だけど、この気持ちを大切にしたいと思った。
最後のパズルのピースがカチッとはまったように、こんなにしっくりくる人には、もう出逢えないと思っている。
ベランダに出て、「う~ん」と背伸びをしながら深呼吸した。
まだ冷たい夜気をおもいきり吸い込むと、ちょぴり春の匂いがする。
「ずーっと、この先も、彼と一緒に桜がみられますように」
わたしは空を見上げて、お星さまに祈った。
END
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美蘭さん朗読 函館ストーリー「夕暮れ散歩は、突然に!」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
ご覧いただき、
ありがとうございます。
函館ストーリー「月の雫、月の鏡」
ぴいなつ先生:作 クリオネ先生:監修
函館ストーリー「月の雫、月の鏡」を朗読しました♪
函館を舞台にした、デパート店員の田中さんと陶芸家の中田さんのラブストーリーです❤
作品のなかには巴桜という純米吟醸のお酒や
函館のスィーツも登場します。
クリオネ文筆堂
ぴいなつ作:函館ストーリー「月の雫、月の鏡」-クリオネ文筆堂 (greensaster.blogspot.com)
函館ストーリー「月の雫、月の鏡」
《うーん、どうしよう。やっぱりわたしには日本酒よくわかんないなぁ…》
千晶がデパ地下の酒売り場でウロウロしていると、そばにいた男性店員が…
「どんなものをお探しですか?」
と、声をかけてくれた。
「あっ、じつは父が勤続30年なので、そのお祝いにお酒をプレゼントしたいなと思って、わたし日本酒って全然詳しくなくて。父はお酒も甘いものも好きなので五勝手屋羊羹をさっき買って。それと、わたしが作った徳利とお猪口も一緒に」
「いいですねぇ、それはお父さん喜びますね!では、オススメの日本酒をご案内します」
と、ニッコリ笑みを浮かべながら店員は日本酒の棚を前に真剣に考えてくれている。
酒の肴の好みなどを聞かれ、真っ先に浮かんだのは鮭のハラスだった。
それを聞いた店員は、まるで頭の上に電球がパッとついたような晴れやかな顔で、一本の瓶を差し出した。
「巴桜と言うお酒です。りんごを思わせる果実のような香りが立ち、口当たりは非常にやわらかながら、豊かなコクが感じられる純米大吟醸です」
と、オススメしてもらった日本酒に千晶は即決した。
そのくらい、説得力があるというか信頼できる人柄を感じたから。
「それにしても、ご自分で徳利やお猪口を作られたなんて凄いですねぇ?」
「じつは、陶芸作家なんです」
と、照れながら千晶が言うと…
「そうでしたか!それはホントに凄いですね。僕、いつか陶芸してみたいって思ってたんですよ…いやぁ奇遇だなぁ」
「それじゃあ、体験に来てみませんか?」
「ぜひ!自分で作ったビアマグでビールなんて最高だろうなぁって思ってて…僕にも作れますかね?」
「もちろん!お手伝いしますよ」
トントン拍子に話は進み、2人は名刺を交換した。
《田中 紀行》と書かれた名刺の裏に、携帯番号とアドレスをメモしてくれた。
と言われ、一瞬考えて意味がわかった途端、田中と中田の2人は笑った。
それから1か月後の水曜日、田中は千晶の陶芸教室にはじめてやって来た。
「こんにちは!今日はよろしくお願いします」
と、田中紀行は爽やかに登場した。
「お待ちしてました〜!場所、すぐわかりました?住宅街だからちょっとわかりにくかったでしょ?」
「いえいえ、コレがありましたから大丈夫です」
と、田中はスマホを見せながら笑った。
中田千晶の陶芸教室は湯川町にある、月のしずく工房と言う名前で、明治時代の情緒たっぷりの土蔵と元質屋だったという建物が隣り合わせの古民家で、土蔵では陶芸教室が開かれ元質屋の店舗は手作り雑貨の作品を扱うギャラリーとなっていた。
「先日は、本当にありがとうございました!おかげさまで父も凄くおいしい日本酒だと喜んでくれて。田中さんに選んでもらったこと教えていたんですよ」
「それは良かったです!またいつでもご相談ください。それと、これはお父様に…甘いものがお好きでしたよね?堀川町の大黒餅さんのくじら餅です」
「わぁーありがとうございます。父は、くじら餅とかべこ餅とか、こういう昔ながらの素材と製法で作る素朴な味が好きなんです」
「それは良かった、千秋庵のどらやきと迷ったんですけど」
照れたように笑う田中を見て、千晶は田中の手を取り、陶芸教室のある土蔵へと導いた。
「それでは服が汚れないように、このエプロンをつけてくださいね。あと、時計も外したほうがいいかな」
千晶が茶色いエプロンを渡すと、田中は慣れた手つきで身支度を整えた。
「似合いますね〜」
「これでも結構、料理するんですよ、僕」
と、田中は胸を張り得意げな顔をしてみせた。
「料理男子だなんて、モテるでしょ?」
「そうだといいんですけど、なかなか上手くいきませんねぇ。デパートって土日休みじゃないんで、だんだん彼女とすれ違ってフラれるパターンが多くて」
と、田中は決まり悪そうに笑った。
「わたしは小さい頃から、デパートが大好きで。週末に家族みんなで行くのが楽しみだったんですよ。ほら、あの回るキャンディ詰め放題みたいな、あれ!ワクワクしたなぁ」
「懐かしい〜、ありましたよね!僕もアレ、いつも買ってもらってました」
「それと、母が試着室に入ったら、置いてある黒いサンダルをコッソリ履いてみたりして。ヒールって憧れるんですよ、女の子は!」
「あー、わかります!!母の試着室タイムは長いんですよね。僕なんて待ちくたびれちゃって、まだー?早く帰りたいってゴネてました」
共通のあるあるネタが多く、次から次へと2人の会話が途切れない。
ビアマグを真剣に作りながらも、その空気は続いていた。
力強く土を練る姿は、とても初めてとは思えないほど様になっていて、千晶は感心していた。
「それにしても、田中さんは本当に器用なんですねぇ〜筋がいいですよ!模様もとってもステキですし。1か月半後の完成を楽しみにお待ちくださいね」
「千晶先生のご指導のおかげですよ!」
「ち、チアキセンセイ?」
「あっ、そう呼んでもいいですか?」
「いやいや〜先生だなんて照れますけど…」
「じゃあ完成したら、記念にできたてホヤホヤのビアマグで、一緒に乾杯しませんか?ビール持参で来ます!あと、おつまみも適当に用意しますよ。僕が作るんでお口に合うかわかりませんけど…」
「わぁ、それ最高ですね!!すっごく楽しみ!!」
「よかったー!僕もめちゃくちゃ楽しみです!!」
思いがけない展開に、2人は無邪気に顔をほころばせた。
それからの1か月半、田中はビール選びとおつまみの構想を練りに練っていた。
千晶は、ビアマグを完成させることは勿論のこと、おつまみを盛り付ける小鉢やお皿、箸置きを自分の作品の中からセレクトしてみたりと、想像を膨らませていた。
前日の夜、楽しみすぎてなかなか寝つけなかったのは2人とも同じだ。
田中は休日の水曜日、職場であるデパ地下の酒売り場でこだわりのビールを買い込み、近くにある五稜郭公園駅から市電に乗り、終点の湯の川で降りた。
おつまみとビールが入ったバッグを大事そうに持ち、転ばないようにゆっくりと歩く。
《千晶さん、喜んでくれるだろうか?》
昼過ぎから降り出した雪がふわふわと積もり、まだ誰も踏みしめていない雪道に足跡をつけていく。
その途中、湯倉神社の真っ赤な鳥居が雪の白さに美しく映えているのが見えた。
住宅街にひっそりと佇む千晶の陶芸教室・月のしずくの煙突からは、ほわりほわりと煙が立ち上っていた。
そこは古民家を改装したモダンな空間で、とても居心地がいい。
チャイムを押す田中は、自然と笑顔になっていた。
ニッコリと微笑む千晶を見たとき、《落ち着くなぁ…》と、田中はどこか懐かしさを覚えるような、不思議な感覚に陥っていた。
千晶もまったく同じことを思っていた。
そう、2人は、鏡なのだ。
千晶の陶芸教室の名前が『月のしずく(雫)』という。
意味は『露』のことだが、古代の時代から『真珠』のことを『月の雫』とも呼んでいる。
その月の光を映す池の水を鏡に例え『月の鏡』といい、この意味で使われる場合、『冬』の季語となる。
他にも“明るく照らされる月の光”を、鏡に例えた言葉でもある。
千晶と田中、2人の「逢いたい…」と思う気持ちが今、合わせ鏡のように願いとなった。
今日もまた、水面に映った月が2人の愛する心を深めてゆく。
そして、月の雫が鏡のような水面に浮かんでいる。
デパ地下の酒売り場からはじまった、田中と中田の不思議な縁は、やがてほろ酔いかげんに色づきはじめたようだ。
[END]
ご覧いただき、ありがとうございます。